2019年5月2日木曜日

原発避難者の住宅と人権保障を求める共同行動 「被害者の住まいを奪うな!!」4・25緊急集会 報告


425日は、午前中に復興庁に国家公務員宿舎の立ち退きと2倍家賃請求の撤回を求める申し入れを行い、午後は衆議院第二議員会館において緊急集会を行いました。
遠くは韓国、滋賀県、大阪市からも、総勢14名の登壇者から発言があり、100名を超える参加者と共に、今後も原発避難者の生存権、居住権を勝ち取るため、連帯して行動することを確認し合いました。
会場は大河原雅子衆議院議員(立憲民主党)に便宜を図っていただきました。

集会の発言順に掲載いたします。(開会と閉会あいさつは割愛します)
*当日の資料を末尾に貼付しました。


<何が起きているか・当事者団体、国会議連からの報告>



村田弘さん: ひだんれん幹事 福島原発かながわ訴訟原告団団長

 今なぜ緊急なのかと言いますと、最後の最後に来てこの3月末で避難者の住宅支援策が基本的に全部打ち切られる。もう国も福島県も、避難者に対する責任を負わないということを事実上宣言しているという意味で、緊急の集会を開いたわけです。
当面している問題として、区域外避難者の問題です。2017年に住宅提供が打ち切られた後の暫定措置として、一つは国家公務員宿舎を2年間県が借り上げて、そこに住まわせる「セーフティネット契約」と称していましたがその問題と、もう一つは民間賃貸住宅に住んでいる避難者が多いのですが、低収入の世帯に対する1年目上限3万円、2年目2万円の民間賃貸住宅家賃補助、いずれもこの331日で打ち切られました。
国家公務員宿舎では328日に、3月末で退去せよ、退去しない世帯には2倍の家賃を請求すると通知してきた。これはまさに福島県がやっている避難者切り捨ての、もっとも典型的なものです。対象の71世帯は出たいけれど出られない世帯なのに、懲罰的に2倍の家賃を取ると言っている。こんなことが起きていることを皆さんに知っていただき、こんなデタラメなことが起きていることに対して怒りを共にしたい。
民間賃貸住宅家賃補助はたかだか2万円だが、一方的に打ち切られ、打ち切られたら苦しい生活に追いやられる。
その次の問題として、避難指示区域外の人たちだけではなくて、避難指示は去年の3月まででほぼ解除されたので、その人たちに対する住宅提供も今年の3月でおしまい。それだけにとどまらず、内堀知事は帰還困難区域の住宅提供すら来年3月で打ち切る、それまでに自立してくださいと一方的な通告をしている。人間の生活の基本である住宅について、このような状況で避難者は本当に追い詰められています。

これからたくさんの報告がありますので、共有していただき、集会後の復興庁前の抗議集会にも参加していただきたい。



大賀あや子さん: 「避難の権利」を求める全国避難者の会 役員

 原発事故により自らの生活の場が、長期にわたる放射能汚染の被害を被った私たちには避難の権利がある。そして、当事者がつながり合いその権利保障を求めるということを主旨に活動しています。
 福島県が避難者の住宅支援を打ち切り、国家公務員宿舎の住民に対して、退去通告と2倍家賃の請求という、非常に非人道的なやり方を通していることに、憤りと恐怖を感じています。当事者として不当であると表明し続けることが重要と思い、この共同行動に参画しています。
 放射能汚染地に居住する者が、避難するか、留まるか、または帰還するか、その選択決定を保障されるということが、子ども被災者支援法にも書かれているわけですが、年々骨抜きにされております。原発事故は長期にわたって続き、放射能汚染は何十年、何百年も影響が続くということにも関わらず、仮設住宅、借り上げ住宅の新規の受け入れは201212月に、古い何十年も前にできた法律「災害救助法」(1947年、敗戦後すぐ。原発はなかった)によって打ち切られてしまいました。その後に避難が可能となった、あるいは決断をした人には支援が全くなくなってしまいました。
 また、実態とかけ離れて、県境によって線引きをしたため、福島県以外から避難をした人たちには、ほとんど公的支援がないという状態もずっと続いています。「全国避難者の会」にはそのような様々な立場の避難者が集まって活動しています。北海道から九州まで全国に散らばっているため、このような集会に参加する者が限られてはきますが、皆さんと思いはつながって、できることを探していきたいと思っています。



瀬戸大作さん: 避難の協同センター 事務局長 

 資料の「避難の協同センター報告」のページを開いてください。
 20167月から原発避難者に対して、住居や生活の支援を実施してきました。今年の3月いっぱいで民間賃貸住宅の家賃補助が打ち切られて、国家公務員宿舎の退去通告と2倍家賃請求、その状況下の中での支援について報告します。
 今週の27日から連休が始まり、貧困問題もそうですが、この長い連休中が心配です。今も何件か相談が来ている中で、3月いっぱいで家賃補助が切れて、家賃が一挙に7万円になり、家賃が払えない、連休明けまでお金がもつかという問題がある。カードローンでお金を借りて、4月の住居の更新料を払ったという状況がある。
 228日と32日に避難住宅問題のホットラインを設け、相談を受けた。国家公務員宿舎の入居者から、3月で出ていけと言われているが、非正規でしか仕事がなく収入が少なくて、民間住宅が借りられない。うつ病や精神的な病を抱えていて、今出られる状況ではない。こういうことが起きている。
 だけども、この間の福島県や、午前中の復興庁への申し入れでも同じような対応だったが、個別の実態把握をしないし、考慮しないと言っている。
 避難の協同センターが個別につながっている世帯で、この世帯については絶対2倍家賃を請求しないでほしいと個別名を出して県に要求していたが、422日の県との交渉では全部ダメと。2倍家賃を請求すると言っている。精神的な病気があり、福祉的な対応で言えば生活再建や、孤立の問題が先で、その後に住居支援をしないと精神的に危ないからと言っても、県は2年前に出ない場合は2倍請求すると言ってあるというだけ、そういうことで避難者は追い込まれている。
 避難の協同センターとして、今日の一番の問題は、3月いっぱいで原発避難者に対する公的支援は一切無くなっているということ。そうした時に民間支援団体が支援するしかない。しかし、4月から避難者を支援する制度が無くなっている。言い方は変だが、支援しても支援の成功事例が少なくなってきている。
 今、三つ取り組んでいます。一つは、自立生活支援センター「もやい」湯浅さんや稲葉さんがホームレス支援のために作った団体ですが、「もやい」と連携して居住支援をして、避難者が納得いく形で入居支援を成功させています。
だけども、敷金、礼金がない。非正規雇用で14万、15万しか収入がない中で、なんとか家賃5万のアパートを借りたが、敷金、礼金がない。その時に避難の協同センターの入居支援として経済的給付をする、という形態をとっています。
区域外避難者の住宅支援が打ち切られた2年前に、支援してきた母子世帯のお母さんが、連休中の54日に、自死という形で亡くなられました。昨年の4月末に、避難の協同センターが、2名のホームレスになった避難者を保護しました。ゴールデンウイークは非常に危ない時期です。
二つ目は、貧困問題に取り組んでいる団体やLGBT、また、他の団体と協力して、路上生活になった時に緊急の支援ができるように、アンブレラ基金を立ち上げました。
三つ目は先ほど言った、給付支援です。でもこれは、民間でなんとかお金を集めてやっている支援です。はっきりしないといけないのは、原発事故の加害者である国や東電がしっかり責任を果たすべきだ。なぜ民間がお金を集めてやらなければならないのか。入居支援はできたとしても、毎月の家賃はだれが出すのか?!
今日はたくさん集まっているので、絶対これを跳ね返していきたいので、よろしくお願いします。


岩渕友参議院議員(共産党): 子ども被災者支援法国会議員連盟

 私も子ども被災者支援法国会議連のメンバーとして、午前の復興庁申し入れに参加しました。参事官が復興庁は福島県の意見を尊重すると言ったが、それでは国の責任はどこに行ったのかということだ。国家公務員宿舎の入居者に、このまま退去しなければ2倍の家賃を請求すると、3月中にも関わらず通知を送りつけていると。これは次の住まいを見つけたくても見つけられない世帯の実態を、国は掴んでないということです。
今回に限らず、これまでずっとそうで、避難者受け入れ県の、新潟、山形、東京は独自に避難者の実態を調査しています。そこでは、経済的に困窮している、すでに打ち切られていますが、住宅の無償提供を元に戻してほしいという要求が、たくさん出てきている。だけど国は相談支援拠点に相談に来たものについてはつかんでいるが、自ら避難者の実態をつかもうとしていない。それは国の責任を投げ捨てることと同じだ。これが一番問われている。何でも県が決めたことだと言っているが、そもそも原発事故の責任を言えば国の責任があるじゃないか、ということだ。今日の申し入れでも、一生懸命支援して努力してきたというが、国が何のための努力をするのか? 避難者を追い出すための努力をするのではなく、一人一人に寄り添うというのなら、避難を続けたい人たちのために努力するべきではないのか。
復興特別委員会でも質問の機会を多くするよう、当事者の意見を聞く場をたくさん設けるよう言ってきた。皆さんの協力を得て、昨年は何年かぶりに、参議院の特別委員会でも参考人質疑をすることになりました。
この間みなさんの運動が大きく広がってきていることで、国会議員と一緒になって、このことを国にも委員会の中でも求めていることが力になっていると思うので、国会でもこの問題を取り上げる場を作っていくし、実際に前進を勝ち取っていきます。住居の問題は生活の土台の重要な問題なので、追出しや2倍請求を許さない。国と東電は加害者として、被害者の生活と生業の再建の責任を果たさせるために、力を合わせてがんばりたい。

 <私たちは追い詰められている・避難当事者の訴え> 

     

熊本美彌子さん:ひだんれん幹事 原発避難者住宅裁判を準備する会代表

 初めに皆さんにお詫びをしなくてはなりません。私は国家公務員宿舎には住んでおりません。今日は国家公務員宿舎の入居当事者が話す予定になっておりましたが、その人が勤め先に、25日に休みを取りたいと申し出たところ、その日は人手が足りないと言われた。先週の17日に東京都との話し合いの時にその方も休みを取って参加したため、今日は休みたいと強く言えなかったので勘弁してくれとのことでした。
私は避難の協同センターの世話人もしておりますので、国家公務員宿舎、東雲住宅の方たちとは、サロンや相談会などで事情を知っておりますので、代わってお話をします。
今日、ここに来るはずの方は50代の母子世帯の方で娘さん2人と3人で暮らしています。2年前の住宅打ち切りの時に、東京都が都営住宅の募集をしたのですが、たまたま上の娘さんが20歳を過ぎていたため応募ができなかったのです。今は6万円弱のところに住んでいますので、2倍の家賃請求となると12万円近くの請求を受ける立場にいる方です。

資料の「原発事故避難者の住宅問題の現状と問題点」を開いてください。そこに、1のA、避難指示区域外避難者(12,539世帯・32,312人、2017年3月無償打ち切り)と載っています。
その①国家公務員宿舎入居者で、昨年度の年度初めは131世帯ありました。このうち80世帯が東雲住宅に住んでいます。東雲住宅は単身者用の部屋がかなりあるので、60歳未満の単身者の避難者が多いのですが、都営住宅の募集要件に当てはまらない、つまり60歳以下の単身者は応募ができないので、2年前の住宅提供打ち切りの時に単身者が残ってしまいまして、どこへも行けなかった。民間も家賃が高かったので利用できなかった。
そこへ福島県が「セーフティネット使用貸付契約書」というすごく大げさな名前の契約をしたのですが、私はそれはセーフティネットどころか、大穴が空いているんじゃないかと思いますが。その契約の仕組みというのは、財務省が福島県知事に部屋を指定して、国家公務員と同じ使用料を払うという条件で貸した。それを福島県知事が避難者に貸したということです。
この2年間の間に都営住宅の応募要件が緩和されなかったため、応募ができない。しかも東雲住宅のある江東区は民間賃貸住宅の家賃が高いところですので、移動もできない。それから、応募できる人は何度も何度も応募しても当選しない。3月までに当たらなかった。その方たちが残った71世帯、4月以降も行くところがない人たちです。だけど、これは避難者の責任でしょうか?!
公営住宅の世帯要件の緩和を何度も要求してきたが、実現していない。公営住宅に何度も応募した人が、なぜ責任を問われなければならないのでしょうか?!そういったことからして、福島県の2倍家賃請求や退去届けを出せというのは、全く許せないことだと思っております。
福島県は2倍請求や立ち退けということは契約書通りだと言っていますが、実は契約をするところで福島県がやったことは、最初に契約書も使用料も示さず、誓約書と申請書だけを配り、希望を取って申し込みをさせた。その後に契約書が来て、使用料の提示があった。
契約書の中身について説明したり、理解させたりしてこなかったことが一番大きな問題ではないか。契約書を読まない避難者が悪いのではなく、それをしなかった福島県、契約書を出す前に概要を示しましたが、その中に2倍家賃ということは書いてなかった。契約書を受け取ったらそのことが書いてあった。そのこともやり方がすごくおかしい。

私たちは「原発避難者住宅裁判を準備する会」という会を作っていますが、今回も3月末に「一時使用許可申請」というのを、東京都、国、福島県に対して行いました。なぜ行ったかというと、私たちには申請権がある、私たちが不当に居座っているということを言われないために、行政的手続きとしてこれを行ったということです。裁判になるかどうかはわかりませんが、裁判になれば、原発事故の被災者に対する住宅政策が、あまりにも不当だということを訴えていきたい。ただ、裁判だけでは住宅の確保は難しいと思うので、話し合いを要求したいと考え、東京都との417日の話し合いもその一環でした。
皆さまに私たちのことを理解してご支援いただき、住宅が確保できるまで頑張っていきたいと思います。

南原聖寿さん:みなし仮設住宅(借り上げ住宅)元家賃補助世帯

 南相馬市小高区から千葉県君津市に避難しています。打ち切りに対して一言申し上げます。それは、福島県から説明会等がなかったことです。私たちはみなし仮設といって大家さんのいる民間の賃貸住宅に住んでいます。契約は、福島県、君津市、大家さん、私たち家族の契約です。それにもかかわらず、君津市危機管理は被災者である私たち家族と大家さんに説明会を行いませんでした。
福島県庁は他県に避難した被災者に対して大量の書類を郵送していますが、君津市長と大家さんには郵送されていないことが分かりました。福島県庁は、昨年夏、君津市危機管理課に対して、家賃補助を来年の3月に打ち切るから、避難者は福島県に戻るように指導したみたいで、ここから出ていくか、福島県の災害公営住宅に引っ越せという始末です。
大家さんの意見を聞かずにです。
私たち家族は障害者であるために、ここに住みたいと言いました。大家さんを交えて、君津市の危機管理課と話し合いましたが、平行線でした。終わるなら終わるで、福島県と君津市の危機管理課は、私たちと大家さんに終了届を出さないと終わらないのではないかと、福島県にメールで回答を求めましたが、平成28年に南相馬市小高区は解除したから出さないというあいまいな回答でした。
君津市の危機管理課長は、福島県庁と千葉県庁の職員を市役所に呼んで説明させようとしましたが断りました。君津市の危機管理課は、福島に戻るか、今住んでいるところから出ていけというだけで、ここに住みたいという選択肢がないようでした。私は終了期限が近付いていたので、個人契約という形で大家さんとギリギリで契約しました。私たちが住んでいるアパートは来年3月で家賃補助が切れる避難者も数名いますが、その方や他の被災者も含めて、福島県や君津市は説明会を開いてほしいです。
南相馬市は被災直後、支援物資が来ないとの理由で、バスで新潟に避難するか、車などで県外に避難してくれと言われました。復興途上の8年目に、家賃補助を打ち切るから福島県に戻れという、国、福島県は被災者に対して棄民政策を押し通すのでしょうか?救民政策ができない国になってしまったのでしょうか?
原発事故は人災です。国、東電は、強制避難、自主避難にかかわらず暖かい支援をお願いします。




三瓶春江さん: 帰還困難区域・津島訴訟原告団

 皆さまご存知のように、帰還困難区域は今も立ち入りはできません。お墓参りや、自宅に帰るときには、前もって環境省に電話をして施錠されているカギを開けていただき、イノシシのように入ったらすぐにカギをかけられて、自宅に行ったりお墓参りをしたりします。
 こんな状況の中、復興拠点整備という形で除染が始まろうとしています。津島地区は高線量であるために帰還困難区域になっているにもかかわらず、環境省の説明では、放射線量をどのくらい下げれば帰還できるかという報告がなされません。どのくらい下がったら除染が完了したことになるのかと聞いても返答はありません。私の家が除染の範囲に入っていて、除染の同意書が必要ですが、その同意書にもどこまで除染するという数値は示されていません。環境省は高い線量から、0.1であろうが0.01であろうが、除染したという結果だけを求めているのかなと思います。私たちは1ミリシーベルトか20ミリシーベルトかわからない状況で帰還を迫られています。いつになったら故郷に帰れるのかと考えています。
 津島訴訟原告団は680名で訴訟を起こしました。去年の9月末に、裁判官が現地調査のため2日間にわたって現地に入りましたが、現地調査の周囲だけは除染をしたのですが、以前に除染したもので線量が上がっていました。そのため、裁判官たちは食事が終わるとすぐどこかへ行ってしまうのでした。しかし、私たちが自宅に戻るときはそこに行っているのです。帰還困難区域に除染をしない中でそこに帰ることがどんなに危険なことか、原発事故は大変な状況を起こしたのかが、はっきりわかると思います。
国や東電は責任を負うこともなく、私たち被害者が裁判を起こさないとその責任を認めようともしない、国民を守るべき国がそのようなことでいいのかと思います。
父が昨年の917日に亡くなりました。亡くなってもお墓に入れず、120体から130体が分院の長安寺に眠っています。その人たちが津島に帰れなくてつらい思いをしているのかと思うと、生きている者の責任として国、東電の責任を追及していかなければならないという思いでいっぱいです。
避難者であるみんなに寄り添って応援してください。



羽石敦さん: 大阪避難者の会・関西訴訟原告団      

 私は茨城県ひたちなか市から311の一週間後に大阪市に避難し、現在は4か所目の公営住宅に住んでいます。その間、打ち切りや交渉などいろいろありました。今日、復興庁申し入れに参加し、東京の惨憺たるありさまに愕然としました。ひどい状況です。家賃2倍請求ということは、私も住宅打ち切りの時に同じことを言われました。4月以降あなたは不法占拠になりますよ。2倍請求しますよと言われました。私は半ば話半分で聞いていましたが、これがここ東京で行われようとしていることが信じられません。びっくりする思いです。
 2年前の打ち切りで打ち切り通知が届いて一年弱、避難者10世帯弱で集まって市や府と協議を重ね、避難者の優先入居、私は単身で避難したのですが、単身者の入居の権利を勝ち取り、3番目に、事業用住宅という建て替えのための住宅で、避難者は住めないのですが、そこに続けて、応能益家賃で住むことができることを勝ち取りました。
 ところが今年になって、一人の避難者の女性が裁判になりました。その人はひどい病気を抱えていて引っ越したくても引っ越せないのに、行政から裁判を起こされ200万円近い損害金を請求されています。裁判進行中のうえ、毎月、出ていけと行政から転居指導が来ていて、精神的にも肉体的にもボロボロになりながら裁判を行っています。弁護士から依頼されて、ゴールデンウイーク明けに、裁判のための支援に回ろうと思っているところです。
 こういう状況の中、大阪でこれだけのことが勝ち取れたのですから、東京でもできないわけがありません。行政や国にやる気があればできるんです。辛いかもしれませんが避難者は声を上げ続けていただきたいと思います。

 最後に「居住の権利とくらし」という本がありますが、今までの住宅裁判の数々の記録が書いてあり、役立ちましたし、勇気づけられました。そして、例えいい結果が得られなかったとしても、300万円の家賃を抱えながら毎月500円で住んでいる方もいるらしいです。明け渡し判決が出たとしても、司法にそのまま従うのではなく、そこからがスタートであると、そこまで放り出すのかどうか最後は行政の判断、そこからが運動で、どういう交渉をしていってそれをやめさせるか、弁護士、支援者、避難者の連帯の動きにかかっていると思います。


「居住の権利とくらし」東日本大震災復興をみすえて
 編集代表 家 正治 藤原書店 2400円+税















山崎誠衆議院議員(立憲民主党): 
子ども・被災者支援法国会議員連盟
(山崎議員は会議が入ったため、この時間帯に登壇していただきました)

 皆さん、大勢お集まりいただきありがとうございます。子ども被災者支援法議連の事務局をしています。今、大阪の取り組みを伺い、素晴らしいなと思いました。
 この問題を、どうするかを考えないといけない。制度や仕組みを使って被災者を守る方策を考えないといけない。今までも、福島がダメなら、復興庁が、また復興庁経由で避難先自治体へ声をかけてほしいなど考えてきたが、ことごとく復興庁は福島県がやることに従うという立て付けを変えない。
 福島県にこれ以上求めても出てこないから、復興庁が肩代わりしてほしいと、国会で渡辺復興大臣に提案した。福島県が主になって復興庁がそれに支えるというスキームを変えてほしいと、しかし一向に変えようとしない。いろんな仕組みを変えて突破口を探さないといけないと思いやっています。
 国家公務員宿舎にいる人が不法占拠の状態はありえない。4月から不法状態ではない形にしないといけないと言い続けていきます。
政策が間違っていたのだから、時期が来たから出ろではなく、生活再建ができたから出るということにしないといけない。
 避難先自治体に動いてもらうという手立ても考えたい。攻めるところは攻めながら、避難者の生活再建ができるようにしたい。
 帰還困難区域の皆さんもこれから大変なことになると思う。まだ、とても住める状態ではない。除染しても若い人は戻らないだろう。除染して戻ることが故郷を取り戻すことになるのかという、根本的な問題に向き合わないといけないと思う。
 今の政治状況では変わらない。政治の流れを変えていきたい。


<手をつなぎ声を上げよう・支援者からのアピール>



 美濃由美さん: 居住と“非 差別を守る会             

 私も1998年に公営住宅法の改正で、部落差別をなくす住宅という同和住宅に入っていましたが、10倍の家賃の値上げがありました。1998年から関西を中心に約1000世帯が供託をして、2000年に裁判が始まりました。突破口がどこにも見当たらず、今日この場にいて、この先どうなるのかという追い詰められた状態のことが思い出されて、胸がいっぱいです。
 今日は、少しでもみんなに元気になってもらいたと思い話します。先ほど熊本さんが、裁判で住宅を守るのはきびしいと思うから交渉していかなければと話されましたが、私たちも明け渡し訴訟には全部勝ちました。勝つこともあるんです。頑張れば。家賃を払えは全敗でした。しかし、10倍の家賃なんて払えない。どこがミソか?どこがカナメか?というと、裁判が終わった時に、へこたれるか、へこたれないかです。
 追い込まれて裁判になり、裁判は10年頑張りました。裁判が終わった時に住民が言った。
「これからが行政交渉だ」「これからが行政に値を下げさせるんだ」それから2年、3年、行政と話し合いを行いました。うまくいかないこともありました。99分が10倍の家賃をガランと下げさせて、払える家賃でそこで住み続けることに成功しました。裁判になって大変だということもあるけれど、負けなかったら最後には絶対に勝てるんだということについては、このような前例があります。
 ぜひ頑張っていただきたい。私たちも全力で支援します。



渡邊由紀子さん: 反貧困ネットワーク世話人

 反貧困ネットワークは結成してから10年が経ちました。この国の貧困についての現状について、もっと可視化しようと思っています。だからこそ、今日もここに来て、みなさんの涙が出るような想いを共有して、また今日から頑張ろうと思っています。
3点ほど率直に発言します。
第一に、この国は人権を守る、人権擁護の国なのですか? 何かあればすぐに貧困になる。あなた、もう死んでもいいですよ、と言われているような状況ですよね。これは直ちにやめさせなければならない。人権擁護の国に再生したいと思います。
第二に国の予算の使い方、これでいいのですか?国民の、市民の暮らしに寄り添った予算の使い方にしていきましょうよ、ということです。
三点目です、地方公共団体においても、その最大の役割は住民の身近な暮らしを守るところにあります。できているところとできていないところの格差が激しいことに怒りを持っています。一緒に活動していきたいと思います、連帯します。



日韓連帯から
徐貞花(ソ・ジョンファ)さん 女性ホームレス支援組織「開かれた女性センター」所長

乃榮(カン・ネヨン) さん 通訳 住民連帯で活動

姜さん: 同志の皆さま、仲間の皆さま、お元気でしょうか? あまり元気が出ない状態かと思いますが、韓国から今日、このような集会に参加するために、女性ホームレスの支援をしている所長さんと一緒にやって来ました。

徐さん: 韓国では1997年~1998年、IMFの経済危機に巻き込まれて、ホームレスが生まれました。そこから私はホームレス支援する活動を始めました。ホームレスになったのは国の政策の失敗であり、個人の責任ではない。私たちは生活基盤となる、居住支援をすると決議しました。それから20年ほど居住権運動を続けてきたので、人々は地域で安い家賃で居住できるようになっています。
 私たちも福島のことはテレビなどで知ることができました。日本政府は安全だから戻れと言っているが、実際は安全かどうかわからない状態です。韓国でも福島原発事故を機に、
政府はこれ以上原発を増やさない、減らす政策をとっているのは、原発事故の痛みを感じているからだと思います。震災は防げるものだと思いますが、その後、政府が国民を保護するために動くということが問題だと思います。
韓国でも、セオウル号の災難がありましたが、その時に、表からは国民が協力しているようには見えなかったかもしれませんが、国民が心と力を合わせて、セオウル号のいろんな問題を解決していきました。同じように、たぶん、日本国民は皆さんを応援していると思います。一緒に今のように尽くしていけば、いろんなことを勝ち取ることができると思います。
国民に勝つ政府はない。皆さんが勝つと思いますので、頑張りましょう!

最後に、当日ご参加の、講談師の神田香織さんと、作家の渡辺一枝さんにもお願いして飛び入りで発言していただきました。(要約です)

神田香織さん: 講談師 
「ふくしま支援・人と文化ネットワーク」代表

 皆さんのお話を聞いて、憤りを禁じ得ませんでした。家賃を2倍払えって、ヤクザじゃないですか?!よくそんなことを言えると唖然とします。
あきらめないでいろんな知恵を絞って進んでいくことが大切だと思います。
この夏の参院選で政治の流れを変えていきたい。それには一人一人が、政治家になったつもり、被害者になったつもりで、自分たちの権利をなんとかしろと訴えていきましょう。
憤ってばかりだと免疫が下がっていくので、笑いヨガを始めました。笑いは身体に良いホルモンを分泌してくれます。怒りを笑いに変えて、手を取り合って頑張りましょう!

神田香織さんのリードで、アッハッハッハ!とみんなで大笑いをしました。


渡辺一枝さん: 作家

2011年、原発事故後、ある人がこういいました。「心配ないですよ。笑っている人には放射能は来ません」
原発事故の後、私は福島に通いながら、被害のあった宮城県の丸森町にも行きました。そこで有機農法で農業をやっていた人に「山下俊一さんという人が、笑っている人には放射は来ませんと言いましたが、どう思いますか?」と聞きました。
するとこんなふうにおっしゃいました。「それは私にはわからない。ここも放射能に汚染されたけれど、ぼくはここで生きていきたいから、放射能が移行しない作物を作り、安全な味噌を作って、そのためには笑って生きていこうと思う」

みなさん、本当に嫌な世の中ですが、へしゃげていたら相手の思うつぼですから、笑いながら跳ね飛ばしていきましょう!
ご一緒に歩んでいきたいと思います。


がんばろう! がんばろう!









共に力を合わせて進んでいきましょう!



<当日の資料はこちらから>



第35回県民健康調査検討委員会の傍聴と抗議行動のご報告

ご報告が遅れましたが、7月8日、福島県福島市のホテルグリーンパレスにて「第 35 回県民健康調査検討委員会」が開催され、わたしたちひだんれんは、東京からの FOE 、福島の他団体とともに、抗議行動を行いました。   ...